社会学部 社会学科

102152 斉藤由梨

有事法制の妥当性

 

【1】   有事法制問題の背景

  1977年に福田赳夫内閣の下、防衛庁によって研究が始められた有事法制は、その前後に日本政府とアメリカ政府によって結ばれたガイドライン・新ガイドラインなどの影響を受け、現在立法化が進められている。

  有事関連法としてすでに制定されているものに「周辺事態法」がある。そして最近では有事関連3法案として「武力攻撃事態法案」、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」、「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」が国会で審議されている。

  「有事法制」という言葉を簡単に説明しておくと、「有事」とは日本が他国から武力攻撃されたり、武力攻撃されそうな時に、首相が自衛隊に防衛のための出動を命令するといった状況のことであり、「有事法制」とはそうゆう状況の時に、自衛隊や在日米軍に特別な権限を認める法律のことである。@)

 

【2】   報告の目的

  有事法制の立法化には、集団的自衛権注1)の行使になるのではないかという懸念がある。日本国憲法第9条は「戦争の放棄」、「戦力の不保持」、「交戦権の不保持」といった大原則を持っており1)、集団的自衛権は認められていないからだ。

  このレポートでは、有事法制の内容を紹介し、日本国憲法や今まで結ばれてきたアメリカとの防衛に関する条約等から、有事法制は日本国において妥当であるかを検証する。

 

【3】   日本の防衛問題への取り組み

  第二次世界大戦終了後、日本の防衛に関する動きはアメリカ主体で行われてきた。

  戦後の日本における、防衛問題への取り組みの経緯を記しておく。

     1945年 終戦

   アメリカによる安全保障が始まる。日本は非武装。1)

     1950年 警察予備隊発足

   発足理由は、朝鮮戦争に投入された在日米軍に変わり日本の治安を維持す

   るため。1)

     1951年 日米安全保障条約調印

   日本は経済復興を優先させるため、アメリカによる安全保障を望む。アメリカは条約を結ぶかわりに日本の再軍備を義務付ける。1)

     1960年 日米新安全保障条約調印

   日本とアメリカの「相互協力」、「共同防衛」。

   在日米軍は日本の防衛だけではなく、「極東」の安全を守るための軍事行動も行う。2)

     1978年 日米防衛協力のための指針(ガイドライン)締結

   「共同防衛」、「共同支援」。日米共同作戦の研究。1)

     1979年 有事法制研究開始

   問題点の整理が目的であり、国会提出を予定した法の準備ではない。@)

     1997年 日米防衛協力のための指針改定(新ガイドライン)

   日米両政府・自衛隊・米軍の平素からの協力。

   周辺事態での「相互協力」。日本はアメリカの軍事活動への「後方支援」。

     1999年 周辺事態法成立

   新ガイドラインによる周辺事態での後方支援を正当なものとし、法的に確立したもの。

     2002年 有事関連3法案国会審議開始

 

【4】   さまざまな視点からの検討

 

A 「有事」の拡張解釈 〜日本有事から周辺有事へ〜

   憲法9条を原則として作られた日米安保条約は、日本が直接武力行使を受けた時という「日本有事」を想定したものであった。

   しかし、国家の批准もなく国民の議論もないまま成立2)した日米新ガイドラインでは、自衛隊に「周辺事態においての後方支援注2)」という任務が新たに加わった。これにより「有事」の定義が「日本有事」から、日本の周辺も含んだ「周辺有事」へと拡張された。周辺事態とは日本の平和と安全に重要な影響を与える事態のことであり、日本の周辺といっても特別に地理的な概念は定義されていない。

   1999年に成立した周辺事態法によると、「周辺有事」判断し自衛隊に出動命令を出すのは総理大臣であり、また、どのような事態を周辺有事とするかは、かなりの部分アメリカの意向による。2)

   また、後方支援の「後方」とは「戦闘が行われておらず、そこで実施される活動の期間を通して戦闘行為が行われないと認められた地域」とされているが、ミサイルが飛び交うような現在の戦争においては前方も後方もないといってよい。また、後方支援がなければ戦争を遂行することはできない。よって現代の戦争においては「前方」も「後方」も一体であり、日本が行う後方支援は戦闘行為と一体とみなされ、日本が攻撃されるという恐れが十分考えられる。

 

    B 自衛隊の防衛能力

   日本は憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本理念に従い、節度ある防衛力を自主的に整備している。T)

   現在制定されている法では、自衛隊は有事が起こってからでしか活動を始めることができない。もしも日本が突然攻撃されたとしたら、その攻撃が起こってから自衛隊が行動を始めるのでは遅すぎる。平時から戦時へ円滑に移行できるような法の整備が必要である。3)そのため、現在審議されている有事関連法には、「有事になりそうな時(待機命令下)」@)でも自衛隊が私有地の使用・部隊の編成・予備自衛官の招集・武器の使用を行えるようにするための法律案がある。また、実際に有事が起こった時に自衛隊が円滑に行動できるための、現行法注3)の適用除外・特別措置を定めた法案も審議されている。これらは「自衛隊法改正案」の一部。

有事の際は日本が戦場となることも考えられる。当然そこには住民がいる。そういった戦場にいる住民をどう避難させるか、どう守るかを定めた規定はまだない。4)現在自衛隊の演習は、演習場で「住民はいないもの」として行われており、これでは自衛隊は演習場でしか戦えない。4)本土防衛を強化するなら、自衛隊の演習を演習場以外でも行えるようにしたり、住民への対処方法も含めた法の整備が必要だろう。現在審議されている有事法案には、国民を保護するための対処法も盛り込まれている。

 

 C 基本的人権の侵害

現在審議されている有事法案、特に自衛隊法改正法案が通ると、先に述べたように自衛隊は防衛のため円滑に行動できるようになるが、一方で国民の人権が侵害されるという恐れがある。改正法案の内容を簡単に紹介すると、

     自衛隊が私有地を作戦のために使いたい場合、そこの地主に連絡がつかなければ勝手に使用し、また邪魔な建造物があれば勝手に壊してよい。

     有事の際は自衛隊が迅速に行動できるように、民間の土地でも自由に通行ができるようにする。

     有事の際自衛隊は民間の人に協力のための命令を下すが、これに従わない人がいれば罰することができるようにする。

  といったようなものがある。

   日本国憲法は基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」として保障し、また、「何人も、その意に反する苦役に服させられない」と奴隷的拘束・苦役からの自由を規定している。5)自衛隊の作戦に協力しなければ罰せられるというのは、明らかに人権を侵すものではないだろうか。確かに憲法は同時に「自由の濫用」を戒め、「公共の福祉」に道を譲ることを命じているが、ここにいう「公共の福祉」に「軍事的公共」が入る余地のないことは、憲法前文・第9条を読めば明白である。5)

   また、自衛隊が勝手に日本の土地を使い、国民に命令を出し、従わなければ罰則を下すことまで認めるこの法案は、第2次世界大戦下の国家総動員法に値するような法案である。

 

    D PKO協力法

   PKO協力法は、有事法制には直接該当しない法であるが、このPKOといういくつかの国が協力して行う国連の平和維持活動も、自衛隊の任務のひとつである。外国の部隊と双務関係を持つということは軍隊だからできることである。5)ということは、PKOは軍隊だからできる活動であり、「日本が自衛隊を軍隊としていなくても、国際社会上では自衛隊はまぎれもなく軍隊であるとみなされる」5)。自衛隊員に身の危険がある場合には、武器の使用も認められている。

   また、自衛隊の「いろいろな分野での海外活動が一般化し恒常化すると、それをバックアップするための国内における軍事基盤」5)が必要になってくるのは当然であり、「自衛隊の新しい海外における活動が、新しい法制の必要性に結びついていく」5)

 

【5】   総合的な検討と総括

  今まで政府が有事法制の整備を企てようとすると、そのたびに世論の反対運動も起こっていた。しかしここまで整備が進んできたのは、その時々に北朝鮮のミサイル実験や不審船、テロなどの世界的に不安定な情勢があったからだ。有事関連3法案が審議されている現在も、テロや北朝鮮問題などの世界的な脅威が日本人を不安にさせている。小泉首相は「備えあれば憂いなし」という言葉を使っているが、こういった世界的な情勢を冷静に把握し、有事法制は本当に必要なのか、また必要であったとしても、どこまでの範囲で必要であるかを、もう一度しっかり考えてみることが大切である。

  日本にはアメリカと交わした安保条約やガイドラインがある。それらの規定に沿って日本がアメリカと密接に相互協力を行っていこうとするなら、今ある法のままでは十分に活動を行うことはできない。できないのになんでそんな約束をしてしまったのかといえばそこまでの話だが、実際に条約が結ばれた以上、活動が行えるような法の整備が必要になってくる。実際に1999年には、新ガイドラインで定められた「周辺事態においての後方支援」のための「周辺事態法」が制定された。また、自衛隊が日本の防衛を行う事態が来たとしても、今のままでは自衛隊は円滑に活動を行うことはできない。そのために現在、「自衛隊法改正案」が審議されている。今まで共に安全保障を担ってきたアメリカとこれからも親密に協力し合い、また日本有事が、起こりうる切実な問題と考えるなら有事法制は必要なものであり、適切な法の整備が必要になってくるだろう。

  しかし日本の憲法は平和憲法であることを忘れてはいけない。戦力を持たないという基本理念がある以上、外交によって平和を維持するといった姿勢をもっと示すべきである。確かに、もしもの時のための「備え」があれば安心だが、「戦力の保持」につながったり、他国に軍事的な脅威を与えることになりかねない。日本国憲法第9条を頭に入れた上で考えていかなければならない問題である。また、現在審議されている有事法案が可決されると、国民は軍事行動への協力が義務付けられ、憲法で保障されている国民の人権は侵される。

また、そのもしもの時(有事)の規定もだんだんと変わってきている。現在審議されている「武力攻撃事態法案」が可決されれば、日本が攻撃された時以外にも、「攻撃のおそれ」があると判断された場合にも有事法制が適用されることになる。「周辺事態法」では、「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」が起これば、自衛隊は海外へも派遣される。「攻撃のおそれ」や「周辺事態」というのははっきりとした定義がつかみにくくあいまいであり、今後「有事」の解釈はますます拡張されていったり、アメリカの軍事活動に巻き込まれていくことも考えられる。また、今まで見てきた有事法制の整備は、本土防衛の際に関してはまだ「備えあれば憂いなし」のための検討策としてとらえることもまだできるが、「後方支援」というものは、専守防衛という理念をもつ日本にはまったくかけはなれたものである。

有事法制は、国家の安全に関わるとても難しい問題であり、簡単に答えのでる問題ではないが、有事法制を考えるとたくさんの日本国憲法との矛盾が見えてくる。なので政府は有事法制を整備したいのなら、憲法の改正の手続きを行うべきであろう。改正には議会での審議や国民投票が必要であり、改正が必要でないという結果が出たら、有事法案は立法化されるべきではない。憲法との矛盾がなくなったところで、はじめて有事法制は日本にとって妥当なものだと言えるようになる。

 

【6】   私見

  私がこの「有事法制」というものに関心を持ち始めたのは、友人が自衛隊に入隊した今年の4月からである。それまでは有事法制などまったく知らず、興味すらまったくなかった。調べ始めると、何年も前から有事に対する取り組みがあったことがわかり、またその内容にもびっくりした。知らないうちに、人権侵害・集団的自衛権の行使につながるような法の整備が政府によって着々と進められていたと思うとすごく恐い。

  私もそうであったが、有事法制についてよくわかっていない人・どうでもいいと思っている人はまだたくさんいると思う。だけど現在の有事法案が立法化され、有事という事態が実際に起こった時に、憲法違反だ、人権侵害だと抗議をしてももう遅い。有事法制は憲法に関わる重大な問題だと思うので、有事法案が審議されている今、もっとたくさんの人に、この問題に対して関心を持ってほしい。そして自分の意見をもってほしい。何が正しいかは簡単に決まる問題ではないけれど、政府によって行き過ぎた法の整備が行われないように、国民が気をつけて見ていかないといけないだろう。

 

【7】  

 注1)自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力で阻止する権利。現在の政府解釈では、日本は国際法上、集団的自衛権を有するが、憲法9条が認める必要最小限度の武力行使の範囲を超えるため、行使はできないとされている。A)

 注2)米軍に対する遭難者の救助・負傷者の手当て・物資の提供や、避難民への対応がおもな活動。

 注3)海岸法・都市公園法・建築基準法・医療法など20法が除外及び特例の対象とされている。

 

【8】参考文献

a.文献

 1)派兵CHECK編集委員会・著 「基地・軍隊」と私たちの安全 1998年 緑風出版 

 2)新ガイドラインを考える会・編 周辺事態法Q&A 1999年 岩波書店

 3)自衛隊の「戦争」 2000年 宝島社 P.40 藤井久・著 本土防衛

 4)福好昌治・著 続自衛隊ここまで暴露せば殺される 1992年 あっぷる出版社

 5)前田哲男・著 有事法制 なにがめざされているか 2002年 岩波書店

 

b.インターネット

 @)ユージホーセーって何だろう

   http://give-peace-a-chance.jp/yuji/nandarou.html

 A)毎日新聞 http://www.mainichi.co.jp/news/kotoba/sa/20010603_01.html

 

c.その他 

 T)自衛隊見聞録

 

 

     日本国憲法前文・第9

    デイリー六法2002[平成14年版] 三省堂 P.1718

     新ガイドライン全文

   http://www2.odn.ne.jp/btree/syuhen/odc/NGui_J.htm

     有事法制原文

   http://give-peace-a-chance.jp/yuji/scrpt1.4.html