| 写真 |

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| 概要 |
建立年月日:
建立者:
規模:碑板 縦155cm・横94cm・厚さ3cm
マルツァボット虐殺慰霊堂入り口左壁面にある。
2017年8月18日・8月20日調査 |
| 碑面 |
(碑面)MEDAGLIA D' ORO AL V.M.
CONCESSA AL COMUNE
DI MARZABOTTO
INCASSATA FRA LE SCOSCESE
RUPI E LE VERDI BOSCAGLIE
DELLA ANTICA TERRA ETRUSCA,
MARZABOTTO PREFERI' FERRO,
FUOCO E DISTRUZIONI PIUTTOSTO
CHE CEDERE ALL' OPPRESSORE.
PER 14 MESI SOPPORTO' LA DURA
PREPOTENZA DELLE ORDE TEUTONICHE
CHE NON RIUSCIRONO A DEBELLARE
LA FIEREZZA DEI SUOI FIGLI
ARROCCATI SULLE ASPE VETTE
DI MONTE VENERE E DI MONTE SOLE
SORRETTI DALL'AMORE
E DALL'INCITAMENTO DEI VECCHI,
DELLE DONNE E DEI FANCIULLI.
GLI SPIETATI MASSACRI
DEGLI INERMI GIOVANETTI,
DELLE FIORENTI SPOSE
E DEI GENITORI CADENTI NON LA
DOMARONO E I SUOI 1830 MORTI
RIPOSANO SUI MONTI E NELLE VALLI
A PERENNE MONITO ALLE FUTURE
GENERAZIONI DI QUANTO POSSA
l'AMORE PER LA PATRIA.
MARZABOTTO
8 SETTEMBRE 1943 - 1 NOVEMBRE 1944 |
| 碑面簡訳 |
(碑板)
マルツァボット町に授与された軍事金功章
切り立った断崖と、古代エトルリア人の住む場所であった緑の森に囲まれたマルツァボットは、
圧政に甘んじることよりも、戦うことを求め、その結果残念なことではあるが、火と破壊に見舞われた。
14ヶ月に渡りドイツ軍の厳しい圧政に耐えたが、そのドイツ軍をもってしても、モンテ・ヴェーネレと
モンテ・ソーレの険しい山頂に戦線を張った彼らの息子達の闘志を打ち砕くことは出来なかった。
その二つの山で彼らの息子たちは、老人、女性、子供の愛と激励に支えられていた。
武器を持たない若者たち、華やかな夫婦、銃に斃れた両親が(ドイツ軍によって)容赦なく殺戮された後も、
彼らの闘志は収まることはなかった。1830人の死者がこの山やこの丘に眠っている。
未来の世代に彼らの祖国への愛がいかほどであったかを永遠の記憶として、ここに示す。
マルツァボット町 1943年9月8日から1944年11月1日 |
| 所在地 |
イタリア エミリア=ロマーニャ州ボローニャ県マルツァボット町 マルツァボット虐殺慰霊堂入口左壁面 |
| 地図 |
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