| 写真 |
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| 概要 |
建立年月日:1981年8月20日
建立者:一木会
規模:本碑石 高さ240cm・横幅170cm・奥行き57cm
台座 高さ108cm・横幅278cm・奥行き220cm
副碑1 高さ182cm・横幅197cm・奥行き50cm
碑額 縦80cm・横130cm・深さ9cm
脚右 高さ30cm・横幅27cm・奥行き64cm
脚左 高さ25cm・横幅30cm・奥行き55cm
副碑2 高さ106cm・横幅175cm・奥行き72cm
図板 縦74cm・横107cm・厚さ1.5cm
題額 縦8cm・横16cm・深さ1.5cm
副碑3 縦18cm・横65cm・厚さ11cm
2022年8月21日調査 |
| 碑面 |
(碑石正面)一木支隊鎮魂碑
(碑石裏面)昭和五十六年八月二十日 一木会建之
(副碑1)一木支隊鎮魂碑
太平洋戦争初期の昭和十七年五月 敵の前進基地ミ
ツドウエイ島攻略のため 旭川第七師団において歩兵第
二十八聯隊を基幹とし工兵及び輜重兵第七聯隊の各一
個中隊と独立速射砲第八中隊を付した一支隊が動員さ
れ聯隊長一木清直大佐の名を冠して一木支隊と称した
編成人員は二千三百余名
支隊は大本営直轄となり勇躍征途に就いたが作戦変
更となりグアム島に転進 同島の警備に当つていたが
八月七日原隊復帰の命により航行中 南太平洋ソロモ
ン群島ガタルカナル島で飛行場建設中の我が海軍部隊
を駆逐し上陸してきた米海兵第一師団約二万に対し攻
撃奪回を命ぜられた 急遽反転した支隊第一梯団九百
余名は月明下同島に上陸 八月二十日夜半より中川付
近の敵陣地を攻撃十数時間に及び突撃を反覆したが敵
の堅陣を破れす支隊の損害甚大 ついに軍旗を奉焼し
て支隊長以下八百余名は壮烈な戦死を遂げた
第二梯団は水野鋭士少佐指揮し第一梯団の残余を併
せ熊大隊と称し九月十三 十四日川口支隊の右翼隊と
なり総攻撃に参加 敵戦車群に潰滅的打撃を与える等
多大の戦果を挙げたが全般の作戦は成功せず大隊長以
下多数の戦死者を出すに至った 以後支隊は不撓不屈
の精神ををもって間断なく攻撃を続行あるいは陣地の確
保に当つたほか的の猛砲爆撃下物資並に患者の輸送に
任ずる等半歳に亘り克く困難な作戦に耐え志気些かも
衰えることなく任務を全うし北鎮健児の真髄を遺憾な
く発揮した ガ島は赤道直下炎熱瘴癘の地に加えて食
糧弾薬医薬は殆んど枯渇 その苦戦は言語に絶し翌十
八年二月の撤退まで更に多数の戦死者を生じた
茲に戦友遺族相はかり懐しの故郷に鎮魂碑を建立し
一木支隊二千余柱の戦没英霊安かれと祈り併せて支隊
苦闘の戦歴と武勲を永く伝え遺さんとするものである
昭和五十六年八月二十日
一木支隊戦友と遺族の会 一木会
(副碑2) 一木支隊行動要図
(副碑3) ガタルカナル島の石
中川河口附近にて採取 |
| 所在地 |
北海道旭川市花吹町1-2282-2 北海道護国神社境内 |
| 地図 |
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