| 写真 |

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| 概要 |
建立年月日:1993年3月
建立者:鹿屋市
規模:本体 高さ213㎝・横312㎝・奥行き30.5㎝
・階段上には旧鹿屋航空基地特攻隊戦没者慰霊塔、旧鹿屋航空基地特攻隊戦没者慰霊塔副碑、旧鹿屋航空基地特別攻撃隊戦没者芳名碑が建立されている。
2025年2月23日調査 |
| 碑面 |
(正面) 特攻隊戦没者慰霊塔建立の由来
第二次世界大戦における沖縄の戦闘は、戦史にも類例の
ないほど熾烈なものであった。ときに戦局は、ようやく
我軍に不利となり、ここに退勢挽回の秘策を試みるに至
った。即ち敵国海空軍兵力の全滅を期して企てた”特攻
攻撃“である。ときまさに昭和二十年春であった。
そして、この壮烈なる特攻攻撃発進の地こそ、当鹿屋で
あって、以来八十二日間の戦闘は苛烈を極め、日々若人
達は黒潮おどる沖縄へと飛び立った。
あたら青春に富む尊い生命を、祖国のために敢然と捧げ
たこれら若人達・・・・・世上ともすれば敗戦のかげに
このような尊い犠牲を忘れがちである。
こんにち、ことの結果はどうであったにしても、これら
身を挺して祖国の難に殉じた人々の祖国愛は、その御霊
とともにとこしえに祭られ史実とともに後世に誤りなく
伝えられなければならない。
その最もゆかりの深い地として、また本土最南端海軍航
空基地として、多くの特攻隊員(九〇八名)が飛び立っ
て再び帰ることがなかった最後の地この「鹿屋」に、そ
の御霊を祭る慰霊塔を建立すべく、昭和三十二年十月鹿
屋市長を会長とする「旧鹿屋航空基地特攻隊戦没者慰霊
塔建立期成会」が結成され、全国に協力を呼びかけたと
ころ、市内はもとより、ひろく各方面から多くの浄財が
寄せられた。
これに基づき、航空隊を眼前に眺望する小塚丘に、その
神霊をとこしえに平和の礎として祭る慰霊の碑を、昭和
三十三年三月二十日建立したものである。
鹿 屋 市 |
| 所在地 |
鹿児島県鹿屋市今坂町 小塚公園内北側 |
| 地図 |
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