| 写真 |
 |
| 概要 |
建立年月日:1977年11月
建立者:鹿児島市
規模:本体 高さ378㎝・横101㎝・奥行き102㎝(銅像の下)
台座 上から一段目 高さ15.5㎝・横381㎝・奥行き391㎝
上から二段目 高さ103㎝・横405㎝・奥行き406㎝
・付近には、官修墳墓標柱、獻高橋直哉霊、青森県宣力殉難国諸士之碑、薩英戦争記念碑が建立されている。
2025年2月25日調査 |
| 碑面 |
(正面) 西南の役官軍戦没者慰霊塔
(台座右面)
陸軍八六〇名 海軍二八名 警視隊三五三名
病死者二九〇名 合計一二七〇名
明治十年南九州三県の各地
で展開された西南の役は 九
月 薩摩の城山における最後
の決戦により激しい終盤戦を
迎えた
不幸 戦争中鹿児島でたお
れた官軍戦没者は 戦後
遙か前方に雄大なる桜島を眺
め近く波静かな錦江港の潮騒
を聞く この景勝の地に葬ら
れた
のち明治五年の
天皇鹿児島御巡幸の供奉員や
鎮台第二分営(鹿児島分営)
の病死者も 共にこの地に改
葬され 合わせて千二百余の
英魂が静まることとなった
以来星霜を経ること百年
その間墓碑の破損荒廃甚しく
特に第二次大戦後は墓地管理
の責任は不明確となり 官修
墓地とは名のみとなった
こゝに鹿児島市はこれを放置
するにしのびず 昭和三十年
地下納骨堂を建立した
西南の役百年を迎えたいま
近代日本建設の尊いいしずえ
となった戦没者のみたまを慰
め新しい平和日本建設の象徴
とするにふさわしい慰霊塔の
建立を との願いが高まり
貴重な市民の浄財をも合わせ
てその資とし ここに完工を
みた
とこしえに みたまの安ら
かなることを祈るものである
昭和五十二年十一月
鹿児島市
題字 鹿児島市長
山之口安秀
清作 鹿児島大学教授
日展審査員
中村晋也 |
| 所在地 |
鹿児島県鹿児島市清水町26 祇園之洲公園内 |
| 地図 |
コントロールキーを押しながらマウススクロールで地図の拡大縮小、地図左下のアイコンで地図と航空写真の切り替えができます。
|