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戦争記念物アーカイブ
香川
KAGAWA
掃海殉職者慰霊顕彰碑
写真
概要
建立年月日:1952年6月
建立者:瀬戸内海国立公園及観光事業促進協議会
規模:碑石 高さ443㎝・横228㎝・厚さ64 ㎝
碑部 縦318㎝・横121㎝・深さ5㎝
碑部右 縦50㎝・横20㎝・深さ2㎝
碑銅板A 縦80㎝・横37㎝・厚さ1㎝
碑銅板B 縦76㎝・横91㎝・厚さ1㎝
台座 高さ57㎝・横450㎝・奥行き125㎝
両隣に
石灯籠
あり
2017年5月5日調査
碑面
(碑面表) 掃海殉職者顕彰碑
昭和二十七年六月内閣総理大臣吉田茂書
(碑面右) 高松市藤塚町一八六
施工者株式会社桂組
(碑面裏碑板A)機雷掃海殉職者 (合計79 名)
加藤俊彦 仁科 操 金原錦吾 野口富士山 島崎栄二 山本義晴
岸長三郎 斉藤孝作 西田外喜男 清野 実 中溝延義 岡崎貞文
浦山栄治
田中梅男 廣田 隆 櫛野 勲 岡崎祐義 河井康樹 八田正隆
山根 勉 喜来懐雄 重村八郎 島田照義 西部貞三 芥川英郎
橋本小七
沖田善彦 枌 繁夫 新川哲也 山田平八郎 山口政義 古畑幹雄
新城弘仁 稲吉芳夫 玉城福市 中武久次 丸山幸威 宮地新二
時田三雄
中原善治 西鶴園太一 柴立照夫 穴山 毅 大山吉明 高村 充
宮井善一 吉村正和 石城安雄 上野安雄 関 清 伊勢健児
前園早苗 吉井 要
鎌田伸夫 池田昭典 後藤 一 中森寛巳 松尾 滋 宮田三郎
宮里仲厚 高嶋新一 久家健一 水流茂美 本村恵位 軍原時夫
山本 勇 高橋時雄
佐伯 勝 西崎三郎 井川勇二 小椋 勉 藤原修三 二ノ方朝重
中谷坂太郎 今井伊澄 平井 茂 道下 元 平井 満 鈴木正男
(碑面裏碑板B)掃海殉職者顕彰碑
日本掃海隊は終戦直後より六年有余に亘って第二次大戦中日本近海に敷設された六万七千個の各種機雷の 掃海に従事し総面積五千平方粁百八十個所に上る主要航路港湾泊地を啓開して我国産業経済の復興に偉大 なる貢献をなした
この間所属掃海隊員は風浪と闘い寒暑を克服して作業に挺身したが不幸七十七名の殉職者を出したことは 寔に痛恨に耐えない茲に講和発効独立の年を迎えるに当って有志相集いよってこの地に碑を建立し国家再 建の礎石と散った殉職者の偉業を永く後世に伝えることとなったものである
昭和二十七年六月
海上保安庁長官
柳澤米吉
発起人
瀬戸内海国立公園及観光事業促進協議会会長
兵庫県知事 岸田幸雄
今治市長 山本幸助
新居浜市長 白石捷一
新潟市長 村田三郎
防府市長 中司菊治
別府市長 脇 鉄一
徳山市長 池 清
戸畑市長 竹内清之助
大阪市長 中井光次
尾道市長 天野彦三
小野田市長 姫井伊介
小倉市長 浜田良祐
大分市長 上田 保
若松市長 吉田敬太郎
高松市長 国東照太
玉野市長 太田尚衛
敦賀市長 川原与作
宇部市長 三隅順輔
下松市長 石井成就
呉市長 鈴木 術
八幡市長 守田道隆
舞鶴市長 嵯峨根達雄
福岡市長 小西春雄
神戸市長 原口定次郎
相生市長 岡田源吾
坂出市長 浜田専一
佐伯市長 矢野竜雄
三原市長 戸田勝己
下関市長 福田泰三
姫路市長 岩見元秀
広島市長 浜井信三
光市長 松岡三雄
門司市長 中野眞吾
(市名はイロハ順)
世話人
海上保安庁航路啓開本部長 田村久三
香川県知事 金子正則
所在地
香川県仲多度郡琴平町 金毘羅宮朝日が岡
地図
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