| 写真 |

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| 概要 |
建立年月日:1961年4月23日
建立者:不明
規模:本体 高さ301㎝・横124.2㎝・奥行き20㎝
台座 高さ80.5㎝・横234㎝・奥行き165.2㎝
シベリア強制抑留者慰霊碑、祈平和 傷痍軍人之碑と並んで建立されている。
2002年7月20日調査 |
| 碑面 |
(正面) 若松聨隊記念碑
篆 額 畑俊六
我が国運の隆昌と民族永遠の繁栄のために半世紀に亘って嘖々/
たる名声を内外に轟かした郷土聨隊駐屯のこの地に記念碑を建
立し燦然たる不滅の歴史を刻記して栄えゆく郷土と後世の人々/
のために遺そうと思う
回顧すれば我が国開国後の世界的地位は明治二十七八年におけ/
る日清戦役明治三十七八年における日露戦役の大捷により俄か
に高まり就中東洋に於ては名実共に大盤石となった我が国が世/
界列国の列に加わると共に政治経済文化等諸般に亘って急激に
進展するに及んで軍備拡張の希望は全国津々浦々から怒涛の如/
く起ったかゝる内外の遽かなる諸情勢の進運に応え歩兵第六十
五聨隊は明治四十年に郷土聨隊としてこの地若松に新設された/
が大正十四年四月軍備縮少により廃止されさきに明治二十九年
仙台に新設された歩兵第二十九聨隊が移駐した
聨隊は 皇居に於て親授された軍旗を奉じ平時に於ては国内の/
安寧秩序を守り士気を鼓舞し公徳を普め産業の振興に寄与し又
一朝有時に際しては友邦との協和と国威の宣揚にその使命を果/
たすなど数々の業績はまさに枚挙に遑がない左にその主なるも
のをあげれば日露戦役中鴨緑江の会戦遼陽沙河の両会戦奉天大/
海戦に参加不滅の位勲を樹てた
明治四十三年以降約二年朝鮮守備 大正三年以降約一年第一次/
世界大戦に参加北支那駐屯 大正六年以降一年青島守備 大正
十年以降一年サガレン守備 昭和六年以降二年満洲守備並びに/
満洲事変参加 昭和十二年以降満洲守備中日支事変勃発徐州会
戦張鼓峯事件ノモンハン事件に参加 この時歩兵第六十五聨隊/
も新たに編制され軍旗と共に中支那各地に転戦 昭和十六年十
二月以降三年有余第二次世界大戦に参加ジャワ作戦ガダルカナ/
ル作戦フィリピン並に東南アジヤの各地に転戦した
この間祖国の負托に応うるべく我が郷土将兵は幾多悪疫瘴癘を/
冐し勁敵と斗い艱難を克服し盡忠報国の至誠を堅持し全国軍の
精鋭として郷土の白虎精神を遺憾なく発揮しその名声と共に輝/
かしい歴史と伝統を築いたのであった
然かるに昭和二十年八月十五日第二次世界大戦の終結と共に軍/
備は廃止され聨隊の歴史にまた終止符がうたれたのである
時移り世は変り郷土聨隊の面影の永遠に消滅せんとするこの時/
に当り有志一同相計ってこの聨隊跡に記念碑を建立することと
なった此の永い星霜の間各戦役等に於て鎮護の神となり平和国/
家の礎石となられた幾多の英霊に対し謹みて敬弔の誠を捧げる
ものである
昭和三十六年四月二十三日 建之 西岡貴一 撰文
小林春駒 謹書
(裏面)
省略 |
| 所在地 |
福島県会津若松市城東町 陸上競技場南側 |
| 地図 |
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