運動疫学会の紹介

身体活動は身体的恩恵のみならず,リラクゼーションの強化,ストレスや不安の軽減,気分の改善,認知機能の向上などの精神的恩恵,および社会参加,対人交流,生きがいの創造などの社会的恩恵もまた報告されています.このような疾病予防や健康づくりにおける身体活動や運動の重要性を考えれば,国民の健康の維持・増進に対して身体活動や運動の疫学が積極的に貢献することが期待されています.

運動疫学研究会発足当時(平成10年),我が国の体力科学分野では運動生理学や生化学的研究が主流であり,メカニズムの解明を目的とした研究が多く行われていました.もちろん,身体活動や運動と健康の関連を検討する研究も実施されていましたが,疫学的手法を用いた研究はわずかに過ぎませんでした.その結果,我が国には保健あるいは体育行政の方針決定に活用できるevidenceの蓄積が乏しく,体力科学の疫学的分野からの貢献は十分とは言えませんでした.体力科学分野においても疫学的な知識と手法が求められる時代の到来とともに,体力科学の疫学的研究者層の薄さが問題視されるようになりました.

このような状況の中で,体力科学の分野に疫学的手法を積極的に取り入れていくことを目的として「運動疫学研究会」が発足しました.発起人には運動疫学の必要性を唱える日本体力医学会および日本疫学会所属の諸先生方が名を連ね,下光輝一先生(東京医科大学公衆衛生学教室),荒尾 孝先生(早稲田大学スポーツ科学院,当時,財・明治生命厚生事業団体力医学研究所),および熊谷秋三先生(九州大学健康科学センター)が発起人代表として会の立ち上げにご尽力くださいました.

本研究会のmissionとobjectivesを達成するための活動として,本研究会は学術集会の定期開催,機関誌「運動疫学研究」の発刊,運動疫学セミナーの開催,日本体力医学会の年次大会でのシンポジウムの企画・開催などを行なっています.

1. 学術集会
第1回学術集会は平成10年9月にかながわ労働プラザ(横浜)で開催されました.その後,九州大学(福岡),ボルファート富山(富山),仙台国際センター(仙台),東京大学山上会館(東京),九州大学国際交流プラザ(福岡),早稲田大学国際会議場(東京),中京大学ヤマテホール(名古屋),東北大学医学部(仙台),武庫川女子大学(兵庫),まちづくり市民交流プラザ(広島),早稲田大学国際会議場(東京),和洋女子大学(千葉)の順で,これまでに13回の学術集会を開催しています.

第1回から4回までの学術集会は,日本体力医学会の定期大会の前日にプレコングレス形式で開催していました.その後,第5回から12回までは運動疫学セミナーの翌日に変更されました.しかし,第13回は日本体力医学会会員を主な対象として運動疫学研究の普及を図るために,再び日本体力医学会の定期大会の前日に開催しました.この試みは大きな成功をもたらし,運動疫学研究会の会員のみならず日本体力医学会会員や運動指導士の方々にも多数参加していただくことができました.その理由は,開催時期と場所を体力医学会に合わせたこともさることながら,企画したシンポジウムや教育講演の内容がきわめてタイムリーであり参加者の興味を煽ったことによるものであることが,学術集会の参加者を対象に当日実施したアンケート調査の結果から推察されました.来年度の第14回学術集会もまた日本体力医学会の定期大会(山口)の前日開催を予定しています.これまでの学術集会の内容については,研究会ホームページ(http://jaee.umin.jp/)をご覧ください.

2. 機関誌「運動疫学研究」
「運動疫学研究」の創刊は平成11年度であり,これまでに第2巻増刊号(シンポジウムサプリメント)を含めて13冊が発刊されています.会誌の内容は原著論文,学術集会の講演・発表抄録,運動疫学セミナーレポートなどです.平成22年度からは投稿論文の掲載数を大幅に増やすこと,および平成23年度からはこれまで年1回であった発行を2回にすることを計画しています.そのために投稿規程の整備,電子メールによる投稿受付,および査読期間の短縮など質の高い論文の投稿を受け入れるための準備を進めています.

編集委員会では,ヒトを対象に身体活動や体力と健康の関係について研究した論文の投稿をお待ちしています.投稿規程,執筆要領,およびカバーレターや投稿原稿の雛型は,研究会ホームページからダウンロードできます.

3. 運動疫学セミナー
運動疫学研究会では,次世代の体力科学研究と運動疫学研究を担う若い研究者を育成することを目的として,平成11年度から「運動疫学セミナー」を毎年開催しています.セミナーは講義と演習で構成され,体力科学における疫学研究の必要性と意義について学ぶ「運動疫学ガイダンス」や疫学の基礎を学ぶ「疫学概論」,「研究デザイン論」,「統計学」などの講義があります.また,演習では「身体活動と循環器疾患」をテーマに,参加者がグループに分かれてコホート研究,症例対照研究,介入研究などをデザインします.

これまで,セミナーは福岡,富山,神奈川,福岡,東京,愛知,宮城,兵庫,広島,神奈川,静岡の順で開催されています.平成22年度には第11回目を迎え,これまでの延べ受講者数は約300名にのぼりました.これら受講者の専門分野は体育学のみならず,栄養学,理学療法学,看護学,健康教育学,公衆衛生学,心理学など幅広い分野から集まっています.また,大学や研究機関などの研究者の他に,行政や企業で健康づくりに携わる実践者の受講も増加しています.「疫学をじっくり学ぼう」とする方は1度の参加では物足らないようで,繰り返し受講するリピーターが多いことが本セミナーの特徴です.そこで,第5回目からは既受講者を対象にアドバンスコースを開設し,従来のプログラムをベーシックコースとして2つのコースを準備しています.

受講者の大きな期待に応える講師陣は,日本を代表する運動疫学の専門家はもちろんのこと,日本疫学会からのご支援により柳川 洋先生(地域医療振興協会)や中村好一先生(自治医科大学公衆衛生学)をはじめ著名な先生方に講義を担当していただいています.

運動疫学セミナー